WebLOGま、いまさらなんですが、この murata.org というドメインは、1998年に取得しました。今年でちょうど10年になります。で、その頃からボク自身は、実名も顔写真も載せてサイトを作っています。
1998年当時といえば、どちらかといえば「自分の存在」を表にアピールする場所としてのインターネットが一般化してきた頃で、結構当たり前のように、どこのサイトも実名で作られていたように思います。
インターネットとは違った流れで、パソコン通信というものもありましたが、こちらはハンドルとかニックネームでやり取りするのが、なぜか一般的でした。
でもって、匿名掲示板ができてパソコン通信がインターネットに融解していって、いつの間にかインターネットでもハンドルやニックネームを使うのが当たり前になってきてしまったように思います。ま、書いてること自体もボクなんて他愛もない雑記なので、存在をアピールなんていうには程遠い内容ではあるんですが、それでも知り合った人や名刺交換した人が、名前で検索をかけてこのサイトにたどり着いて、どういった人間であるのかを知ってもらうのは、非常にコミュニケーションがしやすいというメリットが大きかったりします。
個人情報保護法なんていうバカらしい法律のおかげで、必要以上にプライバシーを「人に知られてはいけないもの」という意識が蔓延しちゃってるような気もするこの頃なのですが、結局のところ、人によって顔を使い分けることが当たり前になってきてしまっているのかもしれません。
顔写真を載せていると、「そんなに人に見せるほどの顔でもないくせに」なんていう、わけの分からない嘲笑を書き連ねる人もいるようですが、顔は生まれてこの方こういうものなんで、日々の生活でマスクをかぶらないのと同じ感覚でしかありません。自慢したり卑下したりするのではなく、単に自分の「カタチ」を表示しているに過ぎないわけです。
実際に会った人が、名前で検索してここにたどり着いて、写真を見て「ああ、昨日会ったあの人のサイトに間違いない」と認識してもらうためのキゴウとでもいえばいいのでしょうか。あるいは、明日はじめて会う予定の人が、同じく検索をして事前に顔を知っておいてもらえれば、スムースに出会えることができる...と、まあそんな感じに過ぎません。
見たくもない人に無理やり見せてやろうとか、どーだかっこいいだろー、なんてことはこれっぽっちも思っていないわけなんですが、そのあたりが「ビビリ」からすると、癇に障ってしまうようでもあります。
そんなことを思ったのは、「ビビリな若者たちよ!! 実名ブログで自分を「見える化」する勇気を!!」という記事を読んで、なんかこう実名サイトを長くやっている自分から見ると、確かにここ数年で「実名」「顔写真」に対する、妙に捻じ曲がったコンプレックスのようなオーラを感じることが多くなったなーと思ったからなのでした。
ちょっと前に書いた、某コトノハでオカシなユーザーにずいぶん長いこと絡まれているようですが、彼も「顔写真」というのに、過剰に反応しているようで、結局のところ先の記事にある「ビビリな若者たち」の一人に過ぎないんだなあと、なんとなく納得してしまったのでした。
親の庇護下にいる間はなかなか難しいのかもしれませんが、自分の意思や責任というものを自覚して世の中と付き合うようになったら、恐れずに実名でコミュニケーションをとることも悪くないんじゃないかなと思います。相手によって自分のスタンスをころころ変えて、こそこそと陰口を書いていたんじゃ、なんとなく生きることが楽しくなくなっちゃうんじゃないかなあと思います。ま、よけーなお世話ではあるんだけどね。
特に商法上、法人の代表なんてことをやっていると、この記事にもあるとおり、基本的には個人情報そのものがガラス張りです。登記所で謄本を閲覧すれば、簡単に本人にたどり着けちゃいます。これはボクに限らず、取締役・監査役といった、いわゆる「役員」をしている人たちはみんなそうなのですね。
「誹謗中傷」と「匿名」は、鶏か卵かというところでもあるのですが、セットになってしまいます。「責任を持っていうには後ろめたい言葉」だから匿名で書き込むのでしょうし、「匿名で書き込める」から無責任な言動や汚い言葉を書き込めてしまうのでしょう。ま、この場合は、「匿名」というより「使い捨てのハンドル」を指すと考えたほうがいいかもしれません。同じ名前を使い続けるならば、それは「匿名」だとしても、「通称名」というか「通り名」として同一人物であることが表現できてるわけで。つーてもそれは、年単位のスパンで使い続ける意思があることってのが、大前提にはなるわけですが。
どうして、「使い捨ての名前」で書き込むのかという理由を、もっと深く自問自答してもらうと、おのずとその行為の品格といったものが分かるんじゃないだろうかと思います。
と、まあ、なんというか、最近思うところの殴り書きでした。
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追記
エントリー書いてトラックバック送った後に、他のトラックバックの記事をいろいろ参照してみると、かなり批判的な内容が多いのに驚いてしまった。
ま、たとえばうつ病日記みたいなブログとかだったら、実名にしちゃうといろいろ弊害が出そうだし、親の庇護下にあるうちは本人が責任を取れないって意味で、実名にする必要はなさそう。で、多くの批判にあったペンネームや芸名はどうなの、っていうのは、それも通り名という意味で、本人に紐付いているなら実名とかわらんだろうってのも同意できる。
でも、多く指摘されていたビジネスブログだから実名っていうのはどうかなーっていうのが正直なところ。あと、会社代表はそれに見合ったお金をもらってるというのも、一概には言えないわけですよ(涙)。それにボクのこれは、完全に趣味のブログです。ま、責任の度合いは当然従業員とは違うけど、その分やっぱりリスクも一従業員とはちょっと違うわけで。
確かにネット上のすべての情報がきちんと個人に紐付いて、何かあったら公権の発動(裁判所とか警察とかね)は必要条件だとしても、簡単にその本人にたどり着けるようなインフラが揃わないと、不特定からの誹謗中傷のお祭りってのは、まだ避けられないのかもしれないですね。今ももちろんたどり着けるんだけど、その手続きが面倒すぎるし、担当者のサジ加減でどうにでも変わってしまいやすいのが問題。
メリットもデメリットも非常に本人の考え方によるところがあるので、個々で判断すべきことだとは思うけど、ただ闇雲に怖がるよりは、せめて「特定の匿名」で情報発信するような考え方がもっと広く根付いてくると、もう少しネットの中も住みやすくなるような気がします。
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