「問題発言」の「問題視」
WebLOGなんか、最近「問題発言」と呼ばれるものが、どんどん低レベル化してる気がする。
低レベル化というのは、内容が悪いという意味じゃなくて、「問題」とされる閾値がどんどん下がってるという意味で。
特に事故や事件で、死者やけが人が出ていることにちょっとでも関わった事柄だと、いわく遺族感情やらを盾に、よほど問題だと思われるコメントで埋め尽くされる状況がよく見て取れます。
100人いたら100人が遺族感情に配慮しないといけないのかなあ。匿名の掲示板ではもっとよっぽどひどい書き込みがたくさんあるっていうのに、実名でちょっと違った意見を書いたら、すごい勢いで非難や中傷が集まるって言うのはどうなんでしょう。
大勢としては遺族感情に配慮したメッセージが、世の中にあふれているわけですが、そうでない視線からの見方というのも、世の中に存在し表明することがそれほど悪いことだと思わないんですけどね。
ちょっと前のエントリーで書いた「実名」に関わることだけど、実名で人と違う意見を表明すると、匿名で関連組織や周辺の人間にまで悪意をぶつけてくるっていうのは、なんていうのかな、言論封殺みたいなものが私的に顔が見えない形で行なわれてしまっている気持ち悪さを感じます。
さらにこの匿名で誰かを非難する人たちは、「自分は正義」と思ってる場合が多いので、始末に負えません。それって一種の宗教みたいなものですよ。相容れない考え方は存在自体が許せないっていうね。
もうちっとばかり冷静に、ちゃんとした意見と意見の交流ができたらいいなあと願って止まないこの頃なのでした。
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