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2006年02月08日

障害者に対する法律と配慮

[ニュース雑感]

東横インの件、ものすごくものすごく叩かれていますね。もう人に非ずといわんばかりの罵詈雑言が投げかけられています。見ていて気の毒になるくらい(ってか見てないけど)。

実際問題、「建築法で定められている」と記載されるにとどまって、それを根拠に叩きまくっているんですが、具体的にどういった法律でそれが定められているのか、皆さん確認していますか?

ふだん、そこまで法律を調べないので手間取ったんだけど、どうやらこれらしいかな? というものにやっと突き当たれた。素人探しなので、もしかしたら違うかもしれないけど…。

これかなと思われるのは、例によって「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」と呼ばれる長い長い名前のもの。これには、「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律施行令」という施行令と「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律施行規則」という施行規則が別途定められている。

これちゃんと読んでみた?
建築基準法との間を行ったり来たりしないと全貌が分からないとてつもなく読みにくい条文がたくさんあります。確かにこれを見ると、定められる「特定建築物」として「七  ホテル又は旅館」が定められており、違反していることは間違いない。ちなみに罰則は、いちばん重いもので「第四条第一項の規定による命令に違反した者は、百万円以下の罰金に処する」と記載されている。

ということで、100万円の罰金を払って、建物を元に戻せばよいってことですね。

ここであえて思うことなのですが、こういったことは法律で守り、実際に民間がインフラを用意しなければならないものなのでしょうか。「そうしたほうがいい」ということと「そうしなければならない」ということには大きな開きを感じます。行政や公共機関は確かにひろくあまねくサービスを提供するために、バリアフリー/ユニバーサルデザインと言ったものを推し進めないといけないでしょう。

しかし、本当に民間がすべてそうしなければならないのか、という点には正直疑問を持ってしまいます。困っている人を助けるというのは、黙ってそういった機材を用意することかというと、そうではないと思うのです。しんどい人がいれば席を譲る、車椅子の人が階段で困っていればみんなで運び上げるそういう積み重ねではないのでしょうか。

東横インは、出張に行くとよく利用します。ビジネスホテルにしては広い部屋とベッド、コスト削減のために徹底的な思想を貫いていながら、加湿器と一体化したポットとか結構細かなところにも配慮されたホテルでした。「ホテル」につき物の宴会場や食堂を排除し、それまでも客室として収容力をあげ、駅に近い立地で金額を下げることで回転率を上げ、異論もあるでしょうが労働コストの比較的安い女性を多数起用し、かつモチベートを落とさないように上役にも登用する。

その結果が、一泊4,200円~というリーズナブルな価格になっていたともいえるわけです。

コストカットの方向性が間違っていたのかもしれないのですが、ある意味それは消費者が選択する道があってもいいのではないでしょうか。実際、同じようなホテルがあって一泊500円違うとして、その理由がバリアフリーの部屋を持っているか持っていないかという場面があったとき、東横インの社長を声高に責める人は、ちゃんと500円高いホテルに泊まるのかどうかをご自身に問うて欲しいのです。

多くの健常者が、その状態にあったとき500円安いホテルを選んでしまうのではないでしょうか。だからこそ法律という縛りをかけないと、多くの経営者がコストの高いバリアフリーの設備を用意しなくなってしまい、結果として障害者の自由が少なくなっていってしまうことに繋がっているのだと思うのです。

東横インの社長だけが、本当に悪いのか。そこに金持ちや成功者に対する本当に僻みがないのか、本気で自分の心に向き合ってみて欲しいなと思います。

ボク自身を考えても、目の前に障害者がいて助けを求めていれば、気軽に助けることができると思っています。ですが、500円安いホテルがあればそっちを選んでしまうでしょう。それは差別意識なのでしょうか。ほとんど利用されない設備を取り除いて、より多くの利用者の利便性を図ろうとする行為が、すべて差別意識から発生していることなのでしょうか。そんなことはないと思うんですよね。軽視してしまった面は否めませんが、それは再認識すればよいことではないのでしょうか。そういう意味では当初彼の言っていた60キロの制限道路を70キロで走ってしまったという意識は、間違いなくその通りの意識でしかなかったのでしょう。だからこそ、この後直すといっていることさえも否定したり、人格そのものまで否定するのはおかしい。

環境を用意することで、「はいはい、勝手にやってね。困らないでしょ?」としてしまうことによる障害者に対する無関心のほうが、恐い気がします。

微妙なテーマなだけに言葉を選んでしまっているし論旨が分かりにくくなってしまって申し訳ないのですが、やいのやいの騒ぐ側が本当に石を投げることのできる人たちなのか、疑問でなりません。

投稿者 akio : 2006年02月08日 22:08

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