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2006年02月19日
資格取得にこだわる人々
[日々雑感]
最近「手に職をつけたい」とか「つぶしの利く仕事をしたい」なんて言葉を以前より聞くようになった気がする。
ただ、どーも言っていることがボクが思っていたニュアンスと異なるように感じてならないのよね。聞いていると、ただの資格のことをいっていたりするような…?
職業の中にはその資格を持っていないと就くことができないものがある。わかりやすい例では、弁護士とか医者とかだよね。こりゃしょーがない。資格取らなきゃ仕事が始められないし、資格を取る意味が国が認可するための条件なんだから、がんばってください…ってことで。
そーではない「資格」ってのも、これまたいっぱいあるわけです。簡単に言えば、持ってなくたってできる資格の類。いちばん手軽で身近な資格はなんだろ、日商簿記とか英検とかかな。最近ではMBAなんてのも似たようなもんかもしれない。こーゆーのを取りたいとか持ちたいと思う心境は、いったいどっから発生するんだろう。
これらの民間の資格や学校の資格ってのは、特に持っていなくたってビジネスをする上では何の障害もない。基礎的なことが理解できりゃ、あとは応用力の問題なんで、その基礎部分あるいは用語を学ぶ(または学んだよというワッペンとしての)意味では有意義かもしれないけど、取ったからってバラ色の未来なんてない。資格を取ることで「手に職がついた」「つぶしが利くようになった」なんて判断(あるいは期待)するのは、取るほうも採るほうもどうなんだろうね。
確かに、簿記3級持ってますという人には「貸方」「借方」から説明する必要がないという点では、それを持っていることを知ることは、一緒に仕事をする側から言わせてもらえば役に立つ。「複式簿記」を「腹式呼吸」と勘違いしないだけの知識はあるってことで。しかし、じゃあそれによって売掛回収の手段を講じられるわけでもなんでもない。どちらかといえば、売掛回収ができるやつが簿記の知識を持ってくれていると、ひじょーにやりやすいっていう程度。
基本は考え方、応用力、理解力、想像力の問題でしかなくて、それを共通言語で語れるってことが重要なんじゃないのかな。
その資格を持っていない人だって、古くからのマネジメント経験からその手法がよいということをわかっている人はたくさんいる。もっといえば、何も教科書や授業で学ばなくても実践から自分なりに発見し構築していった人たちのほうがよっぽどすごいわけです。
簿記なんかできない。貸方借方はわからない。でも人名別の元帳はびっちりできていて、結果として個別売掛金管理もばっちり…なんていう事務員も結構いる。
こういう経験の積み重ねを「キーワードを知らない」というだけで排除しかねないのが、資格礼賛の風潮なんではないかと感じちゃいます。言葉は知らなくても本質は理解している…ってのが、本当の意味での「手に職がついた」状態なんではないでしょうかね。その上で、言葉も標準的なその業界の語彙を駆使できれば、よりスムースに仕事が進む。それだけのことです。
資格で学ぶのは、基礎だけです。資格を目標にしていたら、取った後にきっと困っちゃいますよ。「○○持っているなんて、すごいですねー」と言ってくれる人は、○○をわかっていない人だからヤバいことこの上ない。あるいは○○を分かっていて、「取ったのは分かったけど実際どんなだろうね」と値踏みしているのかもしれない。手段を目標にして許されるのは、生産活動に従事しない学生だけではないかしら。
社会人の資格取得なんて聞いちゃうと、「大丈夫? それは手段だよ?」といってあげたくなっちゃうお節介な自分がいるのでした。
ま、本人が勘違いしても幸せを感じるならそれはそれでよいのかもしれませんけどね。あとで「こんなはずじゃ」とがっくりするのがわかっているだけに、刹那の幸せに浸らないでほしいなあとは思ってしまいます。
投稿者 akio : 2006年02月19日 12:34
