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| ▼ここから下は、昔の文章の再掲です(1995-1998)。 |
| 無断転載を禁ず |
今でも多いなあ。「特定の人にしか見せたくない」…ならメールにしろ。 |
| まぐまぐ |
この辺が多分、このコンテンツのルーツなんだろうなぁ。 |
| 付き合う |
な、なにがあったんでしょう。 |
| なんで? |
短いシリーズだね。SEとの苦労がこの言葉。 |
| やるかやらないか |
にゃはは。ちょっと偉そう。こういう短いのも書いてました。 |
| 友人の死 |
結構衝撃的でした。今でもたまに彼らを想います。 |
| 子供 |
あとで書こうとしているのとは、ちょっと違う。 |
| 田舎 |
28の頃だから95年あたりの文章。 |
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| 無断転載を禁ず |

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世の中、腐るほどのページが上がってる。もちろんここもそうだけど、その中でよくあるメッセージ。
このページの画像はすべて無断転載を禁ず
いーんだけどさ、その文字の下のバナーは何のためにつくったんだい?
(1998/10/12) |
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| まぐまぐ |

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まぐまぐに登録しようと思ったらこんなエラーメッセージが…。
| メールアドレス入力ミス
登録失敗
あなたが入力したメールアドレス(akio@murata@org)は、なんだかちょっと変です。
前の画面に戻って、もう一回確認してみてください。
your_ip:***.***.***.*** |
なんかかわいいね。 確かになんだかちょっと変。
(1995/10/xx) |
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| 付き合う |

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「付き合って」
それってどうすればいいの? 何か変わるの? それとも何かの言質が欲しいわけ?
(1998/10/xx) |
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| なんで? |

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その理由が知りたいのは単なる知的好奇心? それとも代案を出すために必要な知識?
キミの好奇心を満足させたら、売上どれくらいあがるのさ。
(1998/10/xx) |
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| やるかやらないか |

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まずこれを決めようよ。できるかできないかはその後考えればいいからさ。
やりたいの? やりたくないの? そっから始めて。相談はそのあと。
(1998/10/xx) |
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| 友人の死 |

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今日、友人の訃報が舞い込んだ。まともに顔を合わせたのは、もう7年以上昔になる。僕より確か4つほど若かったように思う。当時、プログラムを組んでいた自分に取っていろいろな意味で助けてもらったことを記憶している。
あまり親しくはしていなかったが、同じ会社の社員として、一人のプログラマとして、もしかすると人間としても、ある意味尊敬をしていた。ちょっとびっくりした顔をしては、知っていることは誰にでも丁寧に教え、知らないことは謙虚に耳を傾けていた。羽目を外すときはしっかりと外し、まじめなときは最後まで一所懸命だった。
彼は、生まれつき体が弱かったように記憶している。親元を離れるときも、かなり説得に苦労していたようだ。まだ、正確な情報が入っていないのだが、地元へ帰って就職した先で過労により死んだそうだ。あまりに若い人生の幕切れだと残念でならない…と同時に、彼はどこかでいつかそうなるような気がしていたのかもしれない。
今年は、どういうわけか、友人の死が3度目になる。一人は友人と呼ぶには失礼かもしれない60手前の男。見つかったときにはすでに余命3ヶ月と告げられた癌だった。彼とは自分が18の頃からの付き合いで、常に議論を交わしていたため、傍目にはなんとも馬の合わないように見えていたことだろう。2, 3年音信不通になり、その後癌を煩ったことを人づてに聞いたのをきっかけに、死ぬまでの間に数回、死んでから数回会うことができた。
彼が死ぬまでの間に、いろいろなことを話し合うことができた。伝えられなかったことも伝えられた。死ぬ前に30以上年の離れた彼と、何か通じ合えるものがあったと今でも一方的に思っている。
もう一人は僕より3歳若い元の会社の役員。僕が取締役をしていた会社から籍を抜き、その後彼が入社し役員となったため直接深い話をする機会には恵まれなかった。ただ、伝え聞く仕事ぶり、一緒に歌ったカラオケ等から、やはり一定以上の評価を感じさせてくれる人だった。
比して僕はいったいどれほどのものか。彼らは死に、僕は生きている。とにかく精いっぱい生きていくしかないのだ。生きている限り。
(1995/10/xx) |
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| 子供 |

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僕は21で結婚し、22で父親になった。早い方になるのだろうか。僕が子どもの頃は、大人になると子どものときのことをすっかり忘れて、大人としての考え方に支配されるんだろうと思っていた。
子どもの自分がやりたいことや好きなことは、たいていの大人が眉をひそめることだったと思う。とはいっても自分が特殊だったという意識はない。ただつい没頭しすぎてしまっただけなんじゃないかと思っている。
大人と子どもは違う生き物のような気持ちでいたし、自分が大人になってしまう前に子どもを作りたいという意識が強くなっていた。たぶん小学生の中学年の頃だったと思う。そんなわけで、20歳までに子どもが欲しいという気持ちだけは強く残り、ちょっと遅れたけれど実践してしまった。とにかく子どもに長く関わりたく、立ち会い出産をしたり、自宅で仕事ができるよう仕事を辞めて会社を起こしたりもした。
つい先日、親の家の引越しで大掃除をしている中で、当時の自分が作ったチャチなタイムカプセルが出てきて赤面モノだった。「あ」〜「ん」までの当時の自分の字や、大人になるであろう自分に宛てた「子どもの自分」の手紙が入っていた。かすかな記憶に残っていたのだが、出てきてみると改めてその時の自分の意志が蘇ってきた。
※追記:そのカプセルには「20さいまであけるな!!」と書いてあったのよね。
それなりに大人の年齢になって、当時「大人の記憶」しか持たないように見えた両親にも、しっかりと子どものときの記憶はあり、僕が子どものときと同じようにたくさんのバカをし、同じように大人へ反発していたことがわかってきた。大人になった僕にもちゃんと子どものときの記憶があることも。
いま、僕の子ども達も僕に対して「大人」という見方をしているのだろうと思う。僕が子どものときのことをちゃんと覚えていることや、子どもから大人へは突然変身するんじゃないってことをいつか伝えてあげたい。
(1995/12/xx) |
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| 田舎 |

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28年生まれ育った東京を離れ、岡山でも街からだいぶ離れたところに住みはじめて3ヶ月が経った。たんぼが多い、虫が多い、星がきれい、空気がきれい、と情緒的に喜んでいた数々の変化にも次第に慣れてきた。そして、田舎をなぜ若い人間が去ろうとするのかが分かる気がしてきた。
田舎に長く住む人の基本的な考え方は「人と違ったことをしないこと」に尽きるのではないだろうか、という気がする。いわゆる「世間の目」である。ところが突き詰めて考えれば、世間の目だとその人が考えることの多くは、「自分の目」である事に気が付かない人が多い。
例えば、こういう服装をすると好奇の目で見られるだろうと人に諭す人がいる。それは、自分が「そういう服装を好奇の目で見る」というホンネと「服装で人を判断してはいけない」という建前から、単純に自分の責任を逃れようとしているだけのように見えてならない。
現実には、田舎といっても世代交代もあり、情報格差が縮まっていることもあり、昔とは変わってきている。ところが、年代が上に行けば行くほど「変化」を見つけられなかったり、認めなかったりする人が多くみえる。
子供の言い訳によく「みんな持ってる」「みんなやってる」というセリフが出るが、自分には「世間の目」という言い訳(説得?)は、同じレベルに聞こえてしまう。みんながみんな人の目を気にして我慢して生活しているうちに、「みんな」と呼んでいる集団そのものが小さくなっていることに気が付く日が生きているうちに来るのだろうか…なんてことを考えてしまった。
(1995/09/xx) |
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